僕は幼少の頃から、口から出ませを得意とする厄介なガキだった。一旦ノリで嘘をついてしまったら、その後いくらばれそうになっても撤回せず、嘘の上塗りをしていく。
小学校1年の時、まだ自我も目覚めていない同級生たちの前でつい「俺、サンタ見たことあんねん」と嘘をついてしまい、現実を知った段になって大慌てしたことがある。それでも当時の僕は「サンタ見たんやって?」とニヤリ顔で聞いてくる小童どもに「まだ世界政府も秘密にしてるけど、本当はいんねんて」と嘘貫徹。今考えれば世界政府って時点で意味わかんないのだが、子供なりに必死で考えた嘘の上塗りだったのだろう。
「なんで世界政府の秘密を知ってんねん!?」「父ちゃんが世界政府の仕事してて、そこから秘密の情報を教えてもらってん」「お前の父ちゃん、ただの建築屋やないか!」「せ、世界政府の建物をつくってんねん……」「なんで、そんな奴が大阪におんねん!」「せ、世界中に部下がいんねん。そいつらに任せてるって」「じゃあ、聞くけど世界政府の建物ってどこにあんねん!?」「……ハ、ハワイや!!!」
バカとは楽しい生き物である。当時、外国といえばハワイしか知らなかったのだ。
それ以降、大阪府吹田市立千里新田小学校のオバカ男子の間では「ハワイに大阪のオッサンが建造した世界政府がある」というスケールのでかい都市伝説が広まり、高学年になったときの僕のあだ名は「世界政府」になったのだ。
そんな僕も高校生になってすっかり大人になった……わけはなかった。
それどころか口八丁にますます磨きがかかり、「口から生まれてきた」を通り越して「口でモノを考える」「口に僕がついている」といった手に負えない青少年に育った。
だから嘘のラジオ番組で嘘のプロレスラーになりきり、嘘の電話相談コーナーで嘘のリスナーに嘘の電話をかけ、嘘の悩みを吐露することなど容易だった。一旦、「低迷中のロートル」という設定をかましたら、後は以下のようにどんどん拡大していくのみだ。
アントニオ猪木に憧れ、16歳でプロレス団体に入門したパチョレック。次第に頭角を現し、団体のエースにまでのぼりつめた。バブルに溺れ、贅沢をしたこともあった。美人ではないが愛嬌のある嫁ももらった。しかし、いつからか怪我とスランプに苦しむようになり、気づけば人気も低迷。その後、何度かの「挫折→復活」を繰り返し、不撓不屈のマット人生を送ってきたものの、ここ最近の不振はさすがに絶望の底に叩き落された。なぜなら新しくエースの座に着いた男前の若手レスラーは国会議員の息子だったのだ。
……うん、絶対あるな、これ。今までこんなレスラー、一人はいたはずだ。
「お母さん、俺はどうすればいいんでしょうか?」
パチョレックは涙まじりに訴えた。受話器の向こうは見ず知らずのおばちゃんである。
「そんなもん頑張るしかないやろ。大変やと思うけど頑張りなさい!」
おばちゃんは意外にオーソドックスな根性論で切り返してきた。
「いや、もちろん頑張ってますよ!練習だって毎日死ぬほどやってるし!けど、世の中には努力したってどうしようもないことだってあるじゃないですか!?」
「それでも頑張って!!」
その瞬間、パチョレックは不条理にも少しイラッとした。
当時、何かの映画やドラマの影響だと思うが、「頑張ってる人に気安く頑張れって言うのは失礼なことだ」みたいな安っぽい風潮が若者の間で蔓延しており、「頑張れ」という言葉には少々無責任なイメージがあったのだ。(わかる、この感覚?)今思えばかなり幼稚な理屈だが、高校生ってそんなもの。青春の言葉は誰かの受け売りが90%を占めるのだ。
「お母さん、頑張ってもダメな時、人間はどうすればいいんでしょうか?」
すると、奈良のおばちゃんは平然と答えた。
「じゃあ、もっと頑張れ!!!」
なるほど、その手があったかあ! まさかの「根性論の上塗り」である。
こういうときは「もっと頑張れ」でいいんだ。でも、考えたらそうだよね。「とっくに頑張ってる」なんて理屈は言い訳でしかないし、それがどの程度かを測る基準なんてないもん。だから「もっと」でいいんだ。「もっと」って凄い言葉だな……。
以後、この「もっともっと」の精神は意外に僕のバイブルになった。いつどんなときも現状に満足することなく「もっともっと」と上を見る。その積み重ねが必ず自分を向上させてくれる。簡単な言葉だが意外に奥が深いと思う。
ちなみにこの後、僕らはおばちゃんには事の真相をすべて打ち明けた。怒られると思ったけど、意外におばちゃんは大爆笑。「兄ちゃんら、アホな遊びしてんなあ!」と許してくれただけでなく、録音したテープを欲しいと言われたので直ちに郵送しましたとさ。
次回更新は、10月24日(金)です!お楽しみに!!









