ハッスルが10月3日からラジオ関西で『夜ナ夜ナハッスル』というレギュラー番組を開始する。毎週金曜日24時から関西圏を中心にハッスルの魅力を伝えていくとのこと。プロレスをテレビではなくラジオで発信するのは一見難しそうで、僕も最初はあまりピンと来なかったが、よくよく考えてみると「活字プロレス」という言葉があるように、実際の映像がないぶんラジオの方が妄想を掻き立てやすく、案外むいているのかもしれない。
かくいう僕も高校時代はラジオに熱中した一人だ。当時、大阪ではMBSのヤングタウンという番組がめちゃくちゃ流行っていて、僕はいつも教室で親しい友人たちとラジオ談義に花を咲かせていた。
中でもHくんとOくんは僕と肩を並べるぐらいの大のラジオ好きだった。Hくんは片親で、母親と二人でマンション暮らしをしており、夜になると母がスナックに働きに出るため、一人暮らし同然になる。だから僕ら三人は土曜の夜になると、毎週のようにHくんのマンションに泊り込み、夜通し馬鹿な遊びに夢中になっていた。
そんな僕らが当時、最もはまっていた遊びが「ラジオごっこ」だった。
高校生にもなって「ごっこ」とは幼稚な気もするが、その内容はかなり本格的。僕が構成台本やリスナーからの葉書を書き、三人がパーソナリティを務める。オープニングのタイトルコールや各ジャンクションごとのジングル、SEアタック、バックに流れるBGMなどもギターやシンセを駆使して手作りし、三人で台本に沿ったフリートークを展開。もちろん架空のCMも作り、1時間番組を完璧に録音しては悦に浸っていたのだ。
ただし、これだけなら普通の放送部とあまり変わらない。昼休みに流れる校内放送のラジオみたいなものだし、それはそれで可愛らしい青春の思い出だ。
けど、僕らは少しタチが悪かった。自己満足に浸るだけにとどまらず、自分たちのラジオ番組の完成度を確かめるため、それがいかにも本物の番組であるかのように事情を知らない人に聴かせたかったのだ。
まず、僕らは校内放送などのように素のキャラでトークするのではなく、全員が架空の有名人になりきった。メインパーソナリティのHくんが「木村啓二」という架空のシンガーソングライターを演じ、Oくんが「笑楽亭萬福」という謎の落語家、そして僕が「パチョレック大吉」という今思えば何が何だかよくわからないベテランのプロレスラーを演じた。確か阪神ファンのレスラーだから「パチョレック」をリングネームに採用し、得意技が「流し打ち」というベビーフェイスの設定だったと思う。
そして、番組を放送するのは「KBC京橋」という大阪の京橋近辺でしか聴けない架空のラジオ局で、番組タイトルは「木村啓二のネバギブサタデー」。オリジナルCMも京橋近辺の定食屋や「京橋商店街新興組合」という謎の団体のインフォマーシャルだった。
「♪ KBC~KBC~1985~きょきょきょ京橋~!!」
こんなキダ・タローっぽいジングル曲も作成したほどだ。
おまけに僕らは三人とも声色を変え、それぞれのキャラになりきってトークをしていたので、録音したテープだけを聴いたら誰もが本物のラジオと勘違いするほどの完成度。試しに母ちゃんが運転する車の中で、助手席に座る僕が内緒でラジオを録音したカセットテープをかけたら、母ちゃんは完全に本物の番組だと信じていたほどだ。
「この木村啓二って人、知ってる?」
母ちゃんがそんなことを聞くから、きまって僕は「知ってるに決まってるやん!今、京橋界隈の主婦に大人気やで。フォーク界のアイドルやって!」と騙し続けた。
いつのまにか母ちゃんは「今日は木村啓二の番組やってへんのかなあ」と車の中で勝手にラジオのチャンネルを変えるようになった。もちろん、やってるわけがない。ちなみに僕が演じた「パチョレック大吉」も母ちゃんは本物のプロレスラーだと信じていた。
「このプロレスラー、あんたに声似てんなあ」
そう呟く母ちゃんを見るたびに、当時の僕はニヤニヤしていたものだ。
しかし、僕らはそれでもまだ飽き足らなかった。だんだんエスカレートしていき、この番組をどうしても見ず知らずのリスナーに届けたく、番組の中に「リスナー参加型コーナー」を設けるように企てたのだが……。
それはまた別の話だ。(ビリー・ワイルダー風)
次回更新は、10月10日(金)です!お楽しみに!!









