よくテレビで空手家が蹴りや手刀でバットを折ったりするパフォーマンスをしているけど、実際目の前にバットを出されると、いかにあれが難しい芸であるか実感できる。
今さらだが、バットってめちゃくちゃ堅いんだね。こりゃ、女の子には絶対無理だよ。ましてやキックボクシングなんかやったこともない普通の女の子であることが判明したグラビアアイドルのM(身長150cm体重38kg)なんかが思い切り蹴ったところでビクともしないはず。ってか、バットどころかMの足が折れちゃう危険性もあると思うのだ。
僕はトイレから帰ってきたマネージャーにこう告げた。
「多分、Mにはバット折れないと思います。怪我するからやめたほうがいいですよ」
しかし、マネージャーはそんな僕の忠告を完全に無視した。「大丈夫、大丈夫」と楽観的な笑顔を浮かべ、携帯ノコギリでバットにさらに深い切れ込みを入れ始めたのだ。
「いや、そんなことしても無駄だと思いますよ。逆にMの足が折れちゃいますよ」
「これだけ切れ込み入れといたら、大丈夫ですよ。ほら、もうすでに折れてるようなもんじゃないですか」
そう言うと、マネージャーは誇らしげにバットをかざした。確かにバットにはかなり切れ込みが入っている。ってか、ちょっと遠目からでもわかるぐらい折れかかってるぞ。これはこれで、逆に大丈夫なのか。客に思いっきりばれるんじゃないだろうか。
その後、イベントは予定通り幕を開けた。ピンクのビキニ姿に着替えたMはステージに登場するなり、はちきれんばかりの笑顔をファンに振りまき、さっきまでの不安な表情が嘘のよう。それはそれでMの高いプロ意識を感じたのだが、問題はここからである。
「実はMちゃんはキックボクシング歴7年のK1アイドルなんです!」
司会者の言葉に客がどっと沸いた。僕は「K1アイドルって表現がおかしくない?」と疑問に思ったが、まあ、一般の認識なんてそんなもんなので気にとめないことにした。それよりMの表情が明らかに神妙なそれに変わったことを見逃さなかった。
「そこで、今からMにローキックでバット折ってもらいます!」
ついに運命の瞬間がやって来た。司会者がバットを取り出し、準備に入った。Mは見れば見るほどキックなんかやったことない人の体勢になった。そして、その直後、Mは「えいっ!」と可愛らしい声を出し、バットにローキックをお見舞いしたのだ。
―――ポコン。
なんだか情けない音が会場に鳴り響いた。見るからに弱そうなキック。猫パンチならぬ子犬キック。司会者も拍子抜けを食らったのだろう。明らかに「えっ、そんな弱い蹴りなの?」みたいな表情をしている。しかし、もっと凄いのはここから。本番前にマネージャーが切れ込みを入れすぎた甲斐もあり、そんな子犬キックで木製バットが真っ二つに折れてしまったのだ。
「やったああ!折れたあああ!!」
Mは子供のように大はしゃぎした。袖で見ているマネージャーが小さくガッツポーズをした。司会者は明らかに怪訝そうな表情。折れたバットを拾い上げ、まじまじと観察している。しかし、そこはアイドルイベント。大勢集まったファンは何の疑問も持たず、バットが折れたことを確認するなり、大盛り上がり。歓声と拍手がMを包み、司会者も何事もなかったかのようにMを称賛するしかなかった。
「すごいねえ、さすがK1アイドル!Mちゃんと付き合う男は喧嘩できないねえ!」
司会者がアイドルイベントにありがちな緩いトーク展開でお茶を濁した。Mは「でも、好きな人の前では女の子らしくしてるもん!」と、これまたお決まりのフレーズで切り返した。その瞬間、客席のどこかから「萌え~」という声が聞こえた。僕はさすがに呆気にとられてしまった。なんなんだ、この奇妙な空間は。
その後、しばらくの間、Mとは何の音沙汰もなく、たまに雑誌のグラビアで頑張っている姿を見かけたりする程度。そして、半年ほどが過ぎたある日のこと。僕がいつものようにネットで格闘技ニュースをチェックしていると、久々にMを見かけた。
なんと、某女子キックの興行にMが参戦!
なんでも前座試合で、Mがキックボクシングの試合にチャレンジするんだって!
いやあ、あのマネージャー、すげえな。ついにMはここまでやらされたかぁ。
ってか、このニュースは1年ほど前の話で、試合結果もすでに出ているんだけど、あえてここでは書かないでおこう。調べたらMが誰だか簡単にわかるよ!
次回更新は、8月22日(金)です!お楽しみに!!









