僕は今でこそ漫画を中心に仕事しているが、その昔は何を隠そうテレビの放送作家だった。(最近は本気で隠しているのだが、バレまくっているのであまり意味がない)
大学1年の時から放送作家として活動を始め、それからちょうど10年間、様々なテレビ番組の構成に携わったが、もともとテレビに対する愛着があまりなかったため、ある時を境に綺麗さっぱり全番組を降板。んで、しばらくのモラトリアムを経て、漫画界に転身したわけだ。これでも最盛期は10本ぐらいのレギュラー番組を担当していたし、その合間に舞台の作・演出なんかもやっていたので、そこそこ忙しかったりしたのよ。(自慢)
で、現在はテレビから完全に身を引いているわけだが、かつての仲間はまだバリバリ活躍しており、テレビを観ているとよくエンドロールのスタッフクレジットで名前を見かけたりする。勿論、それは格闘技番組にも言えることで、昨年TBSで中継していたHERO’Sなんかは構成作家陣の中に僕がよく知ってる人が三人もいた。
けど、正直、なんか変だなぁって思った。っていうのは、その三人は僕の知る限り、格闘技にまったく興味がなく、選手の名前もろくろく知らないような人たちだからだ。
「この人たちに格闘技番組の構成なんかできるの?ってか、多分、この人たちがロケ台本やナレーションを書いてるんだろうけど、意味わかってんのかな?」
つまり、格闘技の知識どころか、ファンですらもないような人がHERO’Sという最大規模の格闘技番組のスタッフに名を連ねていることに僕は疑問を感じたわけである。
しかし、こういうことが普通にまかり通ってしまうのがテレビという世界だ。出版業界ではこういうことってあまりない気がする。漫画の編集部なんかみんなビックリするぐらいの漫画オタクばっかりだし、ある人気野球漫画を担当している某編集さんなんかダンカンさん並に野球が好きだもん。格闘技専門誌の編集さんやライターさんなんかもそう。僕が知る限り、みんな怖いぐらい詳しいし、何よりみんな格闘技が好きな人ばっかりだ。
勿論、地上波ゴールデンの格闘技番組とCSの格闘技番組では扱う内容に温度差があるし、それは雑誌で言うところの一般誌の格闘技特集と専門誌との違いみたいなもので、そういう意味ではテレビも出版もたいして変わらないのかもしれない。しかし、僕はそんなことは百も承知の上で、それでも両者に圧倒的な違いが一つだけあると思う。
それは「外部スタッフの集め方」である。簡単に言うと、テレビって雑誌みたいに「格闘技の特集をやるから格闘技に詳しいライターさんに発注しよう」っていう当たり前の概念があまりなく、結構いい加減な感覚で構成作家とかロケディレクターとかの外部スタッフを招集する風潮があるのよ。つまり、番組の中核になるプロデューサーや総合演出が最初にいて、その人たちが自分の仲良しの作家やディレクターに声をかけ、その作家やディレクターたちがまた自分の友達に声をかけていき、それで全スタッフが決まっていくというわけ。従って、中核スタッフ以外は格闘技についてまったく知識がない「ただの友達の友達です」みたいなことが普通に起こるわけだ。
かくいう僕も放送作家時代、経済の知識なんてまったくないくせにバリバリの経済番組を付け焼刃で構成したこともあるし、図書館で引っ張り出してきた資料を適当に繋ぎ合わせて健康情報番組のナレーションを書いたこともある。友達のディレクターから「一緒にサッカー番組やろうよ」などと声をかけられ、僕が「いやあ、サッカーはあまり詳しくないんですよねぇ」と躊躇してたら「そんなのADが用意した資料を要約すりゃ大丈夫!詳しい話は専門のジャーナリストにコメント貰えばいいんだし」と説得され、結果、かなり大規模なサッカー番組の構成を務めたこともあったほど。ちなみに、その時はスタッフの半数以上がサッカーを生で観戦したことがない人たちだった。
また、テレビの取材VTRではそのジャンルに詳しいフリーライターやジャーナリストがコメントを寄せたりするのをしばしば見かけるが、雑誌の取材記事でそのジャンルに詳しい放送作家がコメントしているのってあまり見たことがない。雑誌で放送作家がコメントする時ってもっぱら芸能ゴシップネタやテレビの裏事情ばっかだもん。多分、雑誌の編集者には政治特集で「TVタックル」の放送作家にコメントをもらうなんて発想はないんだろう。まあ、それは正解だと思うけど。
しかし、そう考えるといよいよテレビって独特な世界である。最近、地上波の格闘技番組のあり方についてあれこれと議論が交わされているが、そういうテレビ界にはびこる「スタッフ繰りの緩さ」にも何らかの原因があると思うのだ。
次回更新は、7月25日(金)です!お楽しみに!!









